2019年8月25日日曜日

人肉レストラン

2014年12月2日火曜日
http://web.archive.org/web/20141227174010/http://reptilianisreal.blogspot.jp/2014/12/blog-post_63.html

こちらのブログからの転載
http://web.archive.org/web/20141226132530/http://atdiary.jp/nobuchip/entry/2014/06/21/407183.html

グロ注意
本記事には倫理的に不愉快な内容が含まれます。

【人肉レストラン】
原題 : OMNIVORES
監督 : オスカル・ロホ
2013/スペイン

これまた いかにもで安っぽい邦題 が人を選ぶ本作
実のところ・・ホラーやグロとひと括りにするにはちょっち惜しい作品である。
過度なショックシーンはほとんど無く (マニア基準だが・・)
淡々と描かれる 「真実」 。
テーマに興味があるなら、好き嫌いせずに
一度味わっていただきたい。
観賞後の後味はあなた次第・・・。

【あらすじ】
一流を自負する料理評論家マルコス。
彼は次に出版する本のネタを思案していた・・。
そんな時に依頼されたのが 「秘密レストラン」 のルポ。

金持ちや好事家が集まるプライベートな食事会。
そこで供される珍味を取材してやろうと野心に燃えるマルコスだったが・・。
やがて 「人肉」 を食べられるという噂を耳にする。
好奇心から潜入取材を引き受けたその結末はいったい?

以下、 ネタバレあり なので未見の方は御注意ください。

左) 料理評論家マルコス・ベラ、野心と好奇心で 「秘密レストラン」 の取材を引き受けた。
右) 怪しげな東洋人主催の食事会、 
   「ふぐ」 もヨーロッパでは闇の珍味となる。でもどこか中国風?

■ 禁断のタブーを静かに描いた作品
カニバリズム(人食嗜好)と言えば 「地獄の謝肉祭」 やら
 「八仙飯店之人肉饅頭」 が真っ先に浮かぶが、
この 「人肉レストラン」 はそういうグロとはアプローチが違う。
むしろ 「8mm」 や 「セルビアンフィルム」 のような 巻き込まれ型 である。
主人公、料理評論家マルコス・ベラ は野心と好奇心ゆえに
取り返しのつかない裏社会へとコンタクトしてしまったのだ。

じゃあサスペンスかというと・・そうでもない。
緻密に謎を追うわけでもなく、捕まった人の逃走劇や復讐シーンがある訳でもない。
(少しだけそんな状況はあるけど・・)
ただ淡々とマルコスの運命とその裏をカメラが追ってゆく。
マルコス側の視点と、時折挿入される食材側の視点、料理人の視点が交錯する。

これは ホラーだのグロだので決め付けてはもったいない作品かもしれない。
ヨーロッパの裏社会に存在する 「人肉食」 を正面にすえた擬似ドキュメンタリーなのだ。

映画界には、どうしたことか周期的によくとり挙げられるタブーネタがある。
それが 「スナッフフィルム(殺人映画)」 とこの 「人肉食」 。
今年は他にも 「肉 (2013/原題:We Are What We Are)」 「カニバル (2013/原題 Canibal)」
っと食人タイトルが並んだのは面白い偶然と言えよう。

ちなみにジョニー・デップ主演の 『スウィニー・トッド』 も人肉パイだったな。
コレを見てからミートパイはあまり食いたくなくなった・・・(つД`)

左) 手に入れた招待状を元に辿り着いた屋敷、その厨房ではもくもくと準備が・・。
右) 驚くマルコスをよそに肉は競りにかけられ、参加者がそれぞれ品定めする。

■ 洒落にならないからこそ
この 人肉ネタ の怖い所は・・・
リアルでも起こっているのが洒落にならないところである。
まったくの空想でもなく、ひょっとしたら 実録的な背景 があるのではないかと・・
勘ぐってしまう恐ろしさが、えもいわれぬスパイスとなっている。

最近もナイジェリアで 人肉を使っていたレストラン が摘発されたなんて話もあったし。
ブラジルの 人肉パン事件 も記憶に新しい。
ドイツでは人体部位の提供を募集する店も話題になっている。
中国では食ったの食われたのという故事や伝聞が多く、都市伝説級にリアルだ。

日本でも出産後に胎盤を食す慣習が残っている地方もあるという・・。
(昔・・GONってサブカル雑誌で胎盤食の企画やってたな・・)
もっとも・・・動物は自らの胎盤を食べるのは珍しくないのだけど。

さらにはオランダ人留学生を食った パリ人肉事件 の 佐川 一政 など、
メディアに顔を出し小説まで出している有様。

まあ、自分の肉を自分で食べるってのはともかく・・。
なぜ社会的タブーかと言えば、その行為には多くの場合 「殺人」 がセットとなるため。
故に、たいていはホラーであり、グロであるこのテーマなのに
「人肉レストラン」 はある種の上品さをも漂わせ、
観ているこっちが 旨そうと思ってる 事に気づいてゾっとするのだ。

その光景だけでは洒落た晩餐なのだが・・。
子供の頃に迷いは捨てたという主催者は、かつて貧困の末に母を亡くし
その遺体を食べた過去を持つ。
他のメンバーも様々な闇の理由を抱えてここへ来るのだ。
若さのため、快楽のため、体の障害のため、迷い無くフォークを手に取る。

■ 感情移入させない演出
この映画の少し困ったところは・・。
誰に、どこに、何に、 感情移入していいかはっきりしない 演出にある。
冒頭に描かれるオーナーの過去も、それ以上掘り下げずストーリーが始まるし、
(そもそも、あのプロローグが誰の子供時代かは明示されていない?)
食事会参加者それぞれも、どういう経緯で人肉食に至ったか明確には示されない。
マルコスの終盤の葛藤や罪悪感もあまりはっきりとは表現されていないため、
なぜラストで そういう選択をした のか・・、観ている側は判然としないままだ。

もちろん、これらは意図的な演出であり
過度な明示を避けて観客の想像に任せるという手法かも知れないが・・。
ショッキングな内容だけに、誰の価値観からストーリーを追えばいいか迷ってしまう。

オーナーの過去に 同情 すべきなのか?
マルコスの好奇心や罪悪感に 共感 すべきなのか?
「食材」となった人間の 恐怖 に震えるべきか?
人肉を捌くシェフの 心情 を推し量るべきか?
基準とすべき 倫理観や立場 がはっきりしないのである。

また・・、一番の謎が 人肉シェフ である。
なにかオーナーと特別な関係というのは分かるのだが・・・。
手馴れた様子で 「食材」 を調達し、手際よく処理する一方で、
簡単に逃げられるような状態で作業するズサンさがアンバランスすぎる。
いや、薬で眠らせるなりしろよと・・。
新鮮を追求するあまり、直前まで生かしておく主義だったのだろうか?

屋敷には使用人が居て、金持ちっぽいのに
「食材」 が簡単に逃げ出せるような セキュリティ って?
招待客は目隠しして連れてくる程に用心してるはずなのに・・。
あまり 危機感を感じさせない突っ込みどころ が謎だ。

■ 食べるという行為
左) レアにグリルされたそれは、見かけだけでは人肉とは思えない。
右) 俺は人肉など食べない、取材だけして逃げてやると意気込んでいた彼だったが、
   ついにマルコスも食べざるを得ない状況に追い込まれた。

この依頼を受けた時、マルコスは本当にそれが人肉だったら食わないよと言っていた。
秘密を暴き、取材だけして抜け出してやる と息巻いていたのだ。
だが、それがいかに甘い考えかはすぐに悟ったろう。

禁断の秘密を共有する食卓から抜ける事は、自分が食材になるという事だ。
オーナーの見張るような視線の前でマルコスは肉を口に運ぶ。
そうして・・・、彼もまた 同類 となったのだ。

食卓に出される料理だけを見れば、それが 人肉とは気付かない綺麗さ 。
その肉がどんな一生を送り、どんな殺され方をし、どう解体されたのか も
食べる側にとってはもはやどうでもよく・・。
今まで料理評論をしてきたマルコスは、そんな風に考えて食べた事があったろうか?
人肉を前に、初めて食材の運命について考えた機会だったろう。
それは見ている我々にも問われる 食べる という行為の意味。

等しく・・殺して食うという点において 人肉と牛肉の違い は何か?
両者を隔てる ニンゲンの倫理 とはどれだけ確かなものなのか?
フォークの先の肉を見ながら我々も 戦慄 するのだ・・・。

■ 壊れた倫理の果て
次の食事会にもマルコスは参加していた。
すっかり打ち解け、晩餐を楽しんでいた彼だったが・・・・。
しばらくしてオーナーや食事したメンバーが次々に苦しみだし倒れていく。

左) その 「食材」 にあるものを注射したのはマルコスだった。
右) 彼をこの会に誘った女性に向けてメールを送る、しかし彼女は既に倒れていた。
   スマホには FUGU の文字が・・・・。

当初から・・、 「マツタケ」「コウベギュー」「フグ」 とやたら日本の食材が出ていた。
そして、外国映画によくあるなぜか中国風な背景と音楽にゲンナリしていたがー。
ラストに来てそれが伏線だと気付くと・・一気に許せる気がした・・ 焦り
そう・・・ 「フグ」の毒 を使ったというオチな訳だ。

人肉食の罪悪感に耐えられなくなったマルコスは、
「食材」 にフグ毒を打ったという顛末。
だがしかし、彼女を逃がすどころか殺すという選択肢を取ったあたり、
マルコスも、もはや正常な倫理観を失っていたと想像できる。

あるいは・・・評論家として人肉を旨いと感じた事への 自責 か、
自分も奴らと同類だと思った 嫌悪 か、
いずれにせよマルコスの末路は悲惨なものだろう。
また人肉に手を出すかも知れない・・・・そんな気もする。

普通だったら・・ (何がふつうか知らんが)
人肉を食い、食材となった女を見捨て、参加者を殺し・・。
そこまで罪悪と絶望に苛まれたら、 自分も服毒 しないか?
なぜちゃっかり自分だけ逃走してしまったのか?
その辺りの 心理描写 が欲しかったなあ。

■ 残された者の行方
左) 書店に並ぶマルコスの著書、彼はどこへ行ったのだろうか?
右) それを涙を流しながら見ているのは、あの屋敷の人肉シェフである!!
   彼もまた・・どこへ行くのであろうか・・・・・。

どこか 「ミッドナイト・ミート・トレイン」 の調理人を思わせる 人肉シェフ 。
まったく喋らず、ちょっと狩りますよと肉用ハンマーで「食材」を拉致してくる。
「食材」が泣こうが叫ぼうが、ただひたすら毛をそり血を抜き解体する。
いったいどういう人間なのだろう・・・・なんの 背景説明も無いまま だった。

彼自身は食ってなかったという事なのだろうけど、味見もしなかったのかな?
あるいは彼は解体専門だったのだろうか?
オーナーの死に涙する彼はこれからどうするのだろうか・・。
消えたマルコスといい、なんだか続編作りそうな終わり方だな。

そこのあなた、
妙に 値段の張る肉料理 に出くわしたら御注意あれ。
もしかしたらそれ・・・・・・。
   END
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